ダヨン、「プレイリスト109」で「再婚家庭・親の離婚」を告白...下宿生活・借金まで幼少期の苦難を明かす

歌手のダヨンが番組で幼少期の家族の事情と歌手として成長するまでの過程を明かした。 ダヨンは済州島出身で、母親が経営するサンゴムウナギの店で客に歌や踊りを披露しながら歌手の夢を育んだと語った。小学校時代から店の基本的な準備を手伝い、母親の仕事を支えたと伝えた。彼女は「幼い頃、どうすれば母に負担をかけず助けになるかを毎日考えていた」と話し、再婚家庭で育ち、実父が残した数十億ウォンの借金のために早く大人になったと語った。7歳の時に両親の離婚とともに母親名義で残された大きな借金を経験し、その瞬間に大人になった気がしたと明かした。 母親は生計のために早朝から外の仕事をし、夜は店を経営していた。ダヨンは一人娘として母を助けたく、何歳の時かに成功して家を支えると約束したと語った。母親もその約束を支持したと付け加えた。 ダヨンは11歳でオーディション番組『偉大な誕生』に挑戦したがすぐに落ちたと明かした。その後12歳でSM、YG、JYPが参加した『ケイポップスター』オーディションに応募し、思ったよりもかなり進んだと語った。当時、母親が済州島で店を経営していたため、ソウルで一人でコシウォン生活をしながらオーディションに参加したと説明した。彼女は自分のことを「自分で40歳だと思っていた」と語った。 母親の前向きな性格も言及した。ダヨンは「私は母のミニミースタイルだ」と話し、済州島に中国人観光客が増えた時期に母が2年間毎日独学で中国語を学びHSK資格を取得したと語った。英語の勉強も母の助言に従って地道に続けていると明かした。母親は「チャンスはすべての人に訪れるが、チャンスが来てからそれを掴もうとすると逃げてしまうから、いつも準備しておいて来たら掴め」と助言したと伝えた。 歌手としてデビューした後もダヨンはソロ活動を夢見ていた。約5年前、グループの再契約時に会社にソロ活動の意志を伝えたが、会社はソロ市場の難しさを理由に反対したと明かした。そこで3ヶ月の休暇をもらいアメリカのLAに渡り、自らソロプロジェクトを進めたと語った。LAで3ヶ月間貯めたお金をすべて投資してソロ曲『body』を完成させ、曲のデモを40回も修正したと伝えた。また、同じアルバムに収録された『number one rockstar』は元々『フロップスター』というタイトルの憂鬱な曲だったが、歌詞を変えて前向きなメッセージで完成させたと明かした。